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20105

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江本武忠
(えもと・むちゅう)

(2004/04/15(Thu.) 23:55 〜 2004/03/27(Sat.) 23:04)

  3人の人質解放 2004/04/15(Thu.) 23:55 

日本人の人質3名がようやく解放されました。イタリア人の人質が殺されたという情報があった後だけに、その安堵感も大きく、日本中がひとまずホッとしたという感じですね。

現地ファルージャの停戦状態という環境が状況を好転させたとも言われていますが、それにしても犯人グループが「イスラム聖職者協会」の要請に応じて人質を解放したということに対しては、さすがに宗教国家における聖職者の権威とはこういうものかと思い知らされました。また、一つの行為がジハード(聖戦)として公認されるものか否かという問題について、イスラム教徒がいかにコーラン聖典の法解釈に重きを置いているかという事実をかいま見たような気がします。

もしも米軍の強行突破などによる救出であれば、また多くの死傷者が生じた可能性もあったでしょうから、その国の内部で起きている事件は出来るだけその国の指導者の仲介や知恵を借りるのがよい、という教訓を残したとも言えるでしょう。



  現代の天動説 2004/04/12(Mon.) 22:11 

国立天文台が行なった調査で、公立小学校の4、5年生116人を対象に「地球は太陽のまわりを回っている」「太陽は地球のまわりを回っている」という2つの文章から正しいものを選ばせたところ、41%が「太陽は・・・」の“天動説”を選んだということがニュースになっていました。

これは今の学校教育がきわめて表面的なもので、自然を立体的・グローバルに把握することにあまり力点を置いていないことの証左になっているのではないでしょうか。別の言い方をすれば、物事を全体的にとらえず、自分という「個」を中心とした発想をする人間が増えてきた、ということかもしれません。

先日、社民党の臨時党大会で福島瑞穂党首(弁護士)は「イラクの人質問題を招いた責任をとって小泉首相は退陣すべきだ」という考えを示しましたが、こういう福島弁護士の考え方も、個人の「人権」を国家治安よりも優先して守ろうとする「人権派弁護士」の地金がポロッと出てしまったもので、私の考えでは一種の「天動説」というべきものだと思います。

国家が平和であるからこそ個人が守られるのです。一歩、日本の外に出て法律や宗教の異なる国に行けば誰でも人質になる危険性がないとは言い切れません。
日本は敗戦後、国家主義に対する警戒心を高めるあまり、国家そのものを真に敬愛する念を忘れ、国家権力を非難する風潮ばかりを日教組が植え付けてきたようです。



  15万名の署名は貴重な資料である 2004/04/11(Sun.) 23:57 

人質の家族の方々が11日午後5時25分、「自衛隊のイラク撤退を求める」という約15万名分の署名を持って内閣府を訪れ、首相宛に提出したということで、これを見ると、人質の安否を心配するご家族の悲痛な心情はいかばかりかと察して余りあるものがあります。

しかしながら、事件の内容はともかく、署名活動という点だけを考えれば、15万名の署名を集めるというのはものすごいパワーであると感心させられます。署名活動を経験したことのある方であれば、この15万名という数がどれほどすごいものか理解できるでしょう。

犯人が提示した猶予期間は3日間でしたが、初日はまさか署名活動どころではなかったでしょうから、実質的には2日間(48時間)で15万名の署名を集めたということになると思います。しかも、いくら何でも睡眠時間もあるでしょうから、現実にはもっと短時間で集めたことになるでしょう。よほど署名活動に手馴れた人間でもこれは実に驚異的なことだと言うべきです。

人間は「気の毒だ、かわいそうだ」という感情だけで署名するものではありません。「自衛隊をイラクから撤退させよ」という、きわめて政治的な価値判断を含む署名が短時間で15万人分も集まるとはちょっと考えにくいでしょう。

そう考えると、これら15万名の署名には何らかの組織、グループが動員された可能性も高いと考えざるを得なくなります。つまり、政府に提出された署名は左翼活動家たちの組織内部の方々の名前も多数連名されている可能性が大きいとも言うべきで、きわめて資料性の高い貴重な名簿であると考えられます。



  日本人の人質事件 2004/04/10(Sat.) 02:04 

う〜む。。。どうもよく分からない。
日本人3名が人質になってしまい、犯行グループは日本の自衛隊の撤退を求めているようですが、同様に拉致された韓国人牧師たちは3万ドル(約318万円)を渡したらすぐに解放したというし(注:韓国政府はこの身代金説を否定したようです)、犯行グループの目的も正体もよく分からないし居場所も分からない。

アメリカを徹底非難するというよりも、主たる要求は自衛隊撤退のようですから、少なくともアルカイダ関係ではない印象が強いですし、声明文には西暦が用いられているためにそもそもイスラム教徒でない可能性すらあるとも言われています。

危険を自ら承知で敢えて行ったとはいえ、不幸にも人質になられた方々には大変気の毒なことですが、まことに奇遇なことに人質になった3名は全員が犯行グループが要求する「自衛隊撤退」をこれまで叫び続けていた左翼活動家の方々であるという共通点があり、一人は週刊朝日のジャーナリストです。

私は基本的には、実質的に復興支援ができない状況にある自衛隊に関しては、いったん日本に引き返してリフレッシュの時間を与えてから、今後は土木建築関係者らと提携しながら“仕切り直し”をして技術的にグレイドアップした形でもっと計画的なイラク復興支援をするべきだと思っておりましたが、それがタイミング的に今回の人質事件に屈するような形で「撤退」するという印象を与えてしまうと困ります。

現地は限りなく「戦闘地域」に近い状態になる可能性も高まっていますので、規約上どうしても自衛隊が帰国せざるを得なくなる日も近いかもしれません。どうにか(撤退ではなく)一時帰国のタイミングと今回の事件解決を両立させるような絶妙の政策を小泉さんがやってくれないものだろうか、と内心期待するものがあります。

万一、人質が殺されるようなことになり、その直後に現地が戦闘地域化して自衛隊が帰国するという順序になれば、「日本の自衛隊は民間人を見殺しにして、いざ自分が危険になったら撤退するのか」という非難が(共産党あたりから)生じることは確実でしょう。こういう政策はタイミングを間違えると同じ行為でも意味合いがひっくり返ってしまう危険があるということを小泉首相は十分予想しておく必要があると思います。



  議員年金廃止の方向 2004/04/08(Thu.) 10:46 

国会議員になって10年間年金を支払うと、最低でも年間約400万円以上の年金が死ぬまで確実に受けられます。もちろん、10年以上支払った人はもっと生涯保障も増えます。

それに対して一般国民の国民年金や厚生年金などの公的年金は、25年以上払わなければ受けられないし、金額も少ない上に更に少なくしようという方向であることは周知の事実です。

ある議員は議員年金を受け取る理由として、平然と「国民年金では生活できませんからねえ」と言われましたが、国民が生活できないことを知りながら議員年金を受け取る神経というのはどういうものなんでしょうか。やっぱりそれが政治家なんだなあ、と今更ながら思い知らされる気がします。

昨日、小泉首相が議員年金を廃止する方向で検討すべきだと発言して問題になっていますが、国民年金制度が実質上の破滅状態に近くなってきている現在、この首相発言は概ね正しい方向を示しているのではないかと私は考えます。

橋本派は、この小泉首相の見解に対して「退職後の保障がなくなれば、国会に人材が集まりにくくなる」などと批判したということですが(NHKニュース、4月7日18時13分)、国会というものが退職後の保障を求めて集まった人々の集会場だとすれば、もう日本に将来はないという気もするのですが。。。

議員は同時に「国民」でもありますから、議員年金がなくても国民年金はもらえるわけですから、議員をやめたら当然普通の国民と平等になればいいのであって、国民年金などにプラスして議員特権としての生涯保障を得ようという発想自体、政治家を志す者の動機が変じゃないかと言わざるを得ないでしょう。

むしろ退職後の保障なんかいらないから本気で日本を良くしたいという議員だけに数を絞って、ただでさえ多すぎると言われている国会の議員数を削減してほしいものです。



  裁判に負けて、弁論に勝つ 2004/04/07(Wed.) 12:44 

福岡地裁は、小泉首相の靖国神社参拝について憲法違反であるという判断を下しました。但し、原告側の損害賠償請求は棄却しているので、形式上は原告の敗訴です。しかし、原告はお金を要求するのが目的ではなく首相の参拝の違憲性を確認することが主たる弁論の目的ですので、いわば「裁判に負けて弁論に勝った」という実質勝訴の形です。ですから、損害賠償請求ではなく「確認請求訴訟」の形式にしていたら、外形上も原告勝訴になったのかもしれません。詳しいことは私にはわかりません。

裁判では、靖国神社が「宗教法人」であること、小泉首相が政府の公用車を用いて参拝し「内閣総理大臣」という記帳をしたこと、首相が特定宗教法人に参拝することの国民に与える影響力、などが違憲判断のポイントになっていると思います。

首相とすれば、日本人が正月に神社に行ったり戦没者を慰霊したりするのは特定の宗教行為ではなく歴史的、文化的習慣であると言いたいのかもしれませんが、気になるのは弁論で小泉首相側が「靖国参拝を禁じるのは信教の自由を制限するもの」という趣旨の主張をしている点です。この主張だと、靖国参拝が信教に基づく宗教的行為であることを自ら認めてしまっていることにならないでしょうか。

もしも靖国参拝が宗教行為でなく文化的な慣習上の行為であると小泉首相が主張したいのであれば、靖国神社を宗教法人からはずす(例えば国立墓地にする)とか、あるいはそうしないのならば公用車を使わず私的行為に徹するとか、ともかく姿勢を首尾一貫すべきだと思います。

小泉さんの言いたいことは大筋でわかるのですが、どうも自身の理想とする国家イメージが先行しすぎて勇み足になっているような気がします。最近、君が代を歌う時に起立しなかったというだけで約200名の教員が処分されたりしましたが、問題は「起立するべきかどうか」という外面的な規制ではなく、日本がどういう国家を目指そうとしているのかという具体的なステップが示されていないことだと思います。



  テレビショッピングという魔術 2004/04/06(Tue.) 17:11 

何気なくテレビを見ていると、健康番組みたいな内容で、しかも映像資料も豊富な感じだったのでそのまま見ていたら、結局はあるメーカーの青汁の宣伝でした。別の日に、出演者を替えて同じようになっていたのでその時はすぐに「あ、青汁の宣伝番組だな」とわかりました。

また別の番組では、有名人ゲストを毎回出場させて延々とあるメーカーの化粧品を宣伝する内容が放映されていました。いわゆるテレビショッピングというものですが、どうも私はこういう宣伝の手法というものになじめません。

テレビというものは公共の電波を使っているわけですが、テレビを見る人は基本的にテレビの番組内容を見たいわけで、その番組の提供者として時々宣伝(CM)が出ることには何の違和感もないにしても、「宣伝そのものを見たい」という人はあまりいないのではないでしょうか。

特定の一社だけの製品を延々と30分も一時間も続けるということ自体、なんだか異常な感じがしますし、他にもっといい製品があるでしょうから、そういう弱小メーカーがお金の力で押し切られているような気がして何となく割り切れない気持ちになります。

「じゃあ見なきゃいいし、買わなきゃいいじゃないか」ということもありますが、テレビのチャンネルというものは限られていますので、できれば特定の一社が一日のうちの大きな部分を単なる宣伝番組で独占しないようにする、というのが企業の良識ではないだろうかと思います。



  センバツ高校野球、済美が優勝 2004/04/04(Sun.) 21:58 

甲子園(第76回選抜高校野球)で愛媛の済美が優勝しました。初出場の優勝なのですが、野球部ができてわずか2年ほどしか経っていないというから驚きです。しかも学校の創立は1901年で古いものの、もともと松山裁縫伝習所という女子校で、2002年に男女共学になったばかりというから更に驚きます。

野球部としての伝統や試合回数などの経験は浅くても、やはり一戦一戦に臨む気持ちの新鮮さ、そして常に笑顔で平常心を示す監督に対して伸び伸びとプレーする選手たちの、そういう人格的な交わりというものが優勝の鍵だったように思います。愛媛出身のむちゅうとしても、嬉しい優勝でした。済美高校さん、熱いプレーをありがとう。



  神戸事件のこと 2004/04/03(Sat.) 11:23 

97年に起きた神戸事件(小学生惨殺事件)は悲惨でしたが、その加害者の男性(現在21歳)が書いたとされる文章やプロフィールなどを写真週刊誌「フライデー」(講談社)が報道したことに対して、それは事実誤認であり少年法の趣旨にも反しているということで法務省(関東医療少年院)が抗議文を出しました。

思うに、こういう法務省の処置は非常に重要だと思います。なぜなら、雑誌の記事の内容はよく知りませんが、本人はその記事に対する反論があっても実質上反論ができない状態にあることは明らかだからです。つまり、それが間違いだと本人が思っても自由に抗議することができない状態であることが問題です。

また、相手が「何の反論もできない状態」にあることを知りながら、「公益性がある」などとしてむやみに週刊誌が報道したとすれば、それは雑誌社の人権感覚を大いに疑いたくなります。

神戸事件については、いまだに「冤罪説」の立場を取る弁護士や学者(例えば後藤昌次郎弁護士、弓削達東大名誉教授など)も多数おられ、まだまだ真相がよくわかっていないと言うべきもので、私なども(冤罪説の立場ではないにしても)あの事件は謎だらけという印象でしたので、事件当時の周辺事情については更に深い究明がなされるべきだと考えています。

しかしながら、個人のプライバシーと言論・報道の自由の問題に関連して、文春差押え決定の取り消しがあったばかりですが、それに乗じるかのようにして健全な更正を妨げるような報道がまかり通ることがあってはならないと言うべきでしょう。



  早稲田周辺 2004/04/01(Thu.) 23:30 

今日は早稲田のリーガロイヤルホテルで会合がありました。このホテルは早稲田大学の大隈庭園に直結していて、非常に落ち着いた環境です。学内は新入生やクラブ活動への勧誘などでごった返しでしたが、ホテルや大隈庭園は優雅で非常にのどかな感じでした。

こんな恵まれた環境で4年間勉強できる新入生たちはうらやましい限りです。合格した喜びをかみしめながらも本来の勉学に対する意欲を燃やしてほしいものだ、と思いました。



  文春出版差し止めの逆転 2004/03/31(Wed.) 23:59 

東京高裁は、地裁が決定した文春差し止め命令を取り消しました。
まあ、実際問題としてこれだけマスコミで騒がれてしまうと、読まれたくなかったものが逆に注目を浴びて多くの人に読まれる結果になりましたから、もう今更差し止め命令が有効か無効かということは実質的な争点とは思えない状況であることは確かです。

しかし、地裁が差し止めの請求を認めた趣旨として、言論出版に携わるものとして守るべき当然の義務を果たしていない文春の過失が認められた点について、もっと突っ込んだ吟味をしてほしかったなあ、と思います。



  回転ドアの恐怖 2004/03/30(Tue.) 23:47 

六本木ヒルズの森タワーで、回転ドアにはさまって6歳の男の子が死亡する事故がありました。森ビルと三和シャッターがお互いに責任を押し付ける雰囲気もありますが、いつも思うのは、こういう派手な形での事故死などが起きない限り事態は改善されないということです。

こういう事故で小さい子の命が失われたことは残念ですが、同じ事故を起こさないよう本格的な改善を実行することが、この男の子の人生が無駄でなかったということ、みんなの為に生きて役に立ったということ、そして真の意味の慰霊になるということだと思います。



  やらせニュース 2004/03/29(Mon.) 23:53 

日本テレビの「ニュースプラス1」で昨年11月に放送された「ニュース」は、やらせだったという(共同通信3月29日20時32分更新分)。防水性のある衣服によって洗濯機が爆発するという事故を演出したということですが。。。

やらせはワイドショーの得意技かと思っていたら、ニュースもやらせによって作られるんですねえ。



  朝青龍、2場所連続の全勝優勝 2004/03/28(Sun.) 22:40 

モンゴル出身の朝青龍の全勝優勝。しかも、どの一番も気合に満ちていて非常に充実していました。日本人力士がもう少し頑張ってほしいという気持ちも少々あるのですが、心・技・体の一致した素晴らしい試合は実に気持ちのいいものです。

また、朝青龍の試合ぶりには貫禄が出てきたともいえます。勝った瞬間、相手が土俵から飛んでいかないように腕を持つようなしぐさには、勝敗を超えた友情すら感じられます。大したもんです。何だかんだと色々ありましたが、今は誰からも認められる横綱の名にふさわしい貫禄が身についたのではないでしょうか。

ところで、私は「朝青龍」という名前が好きです。朝という字には十字架(+)が二つ含まれていてイエス(赤十字)と再臨主(白十字)を示し、その二つの+を除くと「日」(サン)と「月」(ムーン)が出てきます。日と月は再臨のキリストを示す名前です。そして「青」ですが、これは「主」と「月」で、主(救い主)はムーンであることを示しています。「龍」は、これもメシヤの出現に非常に縁の深い聖書的概念です。また、「朝」「青」「龍」の3つの字に全て「月(ムーン)」が入っています。

朝青龍の連続優勝の背景には、何か目に見えない天の運勢があるようにも感じられます。



  いかりや長介さん 2004/03/27(Sat.) 23:04 

ミュージシャンを志しながら、お笑い芸人としてドリフターズを成功させ、後半の人生は庶民派の役者として最優秀助演男優賞を獲得するほどに磨きをかけた、いかりや長介さん。多くの人をいろんな面で楽しませた素敵な人生だったと思います。

ドリフのズンドコ節の替え歌でこんなのがあったのを思い出します。
♪「虎が死んだら皮残す。人が死んだら名を残す。
  ニワトリ死んだら何残す、共同募金の羽根残す」


日本の芸能史に、いかりや長介の名は不動のものとして残りました。
それにしても、今年はニワトリにとっては災難の年でございました。




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