5月21日、裁判員制度に関する法案が国会で可決成立しました。これは、重大な刑事裁判に対して国民が「裁判員」として裁判官と一緒に被告人の有罪・無罪を決めたり刑の重さを決めたりする制度です。
裁判員は、20歳以上の国民から無作為に選出されますので誰でも裁判所から「召喚」(呼び出し命令)される可能性があります。政府の試算では国民68人に一人は一生に一回経験するだろうとのことですが、この召喚を断ることはよほどの理由が無い限り出来ないことになっています。 しかも裁判員の仕事はきわめて責任が重い内容で、例えば事件の内容を漏洩するなど守秘義務に違反した場合には6か月以下の懲役または50万円以下の罰金刑となります。
ただ、これほど国民に負担をかける重大な決定であるのに、具体的に裁判員がする仕事内容や責任の重さについては必ずしも国民に広く告知・啓蒙されているとは言えないような気がします。本当にこの制度は国民の合意が得られた法案だと言えるのでしょうか。私にはかなりの疑問が感じられます。
裁判員は裁判所で何をするのでしょう。裁判に対する助言や感想を述べるような軽い内容ならばともかく、実際には裁判官とほぼ対等の立場(責任)で有罪・無罪を決める重大な仕事をするわけで、法律の専門家でさえ意見の分かれる法解釈や法の運営について素人の裁判員が加わることで本当に「より正しい判断」になるという保証はあるのでしょうか。
私は民事裁判に関しては何度も法廷に立ったことがあるので、裁判がどういうふうに行なわれるか大体の流れやポイントは分かるつもりですが、刑事裁判についての判断は非常に難しいと思います。特に被告人が無実を訴えているような場合、一つ間違えると重大な人権侵害を犯す恐れがあるからです。 しかも現実の事案は検察と弁護人が双方の対立する立場から何度もやり取りをして争点を煮詰め、当事者の事情をよくよく知らなければ判断できない内容が多いと思いますので、かなり法律に詳しい人間でもいきなり自分の意志に反して呼び出された場合には正確に判断できるかどうか怪しいものです。
ましてや、裁判員といっても一般に裁判とか法律解釈になじみのない主婦やサラリーマンが圧倒的に多いでしょうから、多忙の中をいきなり裁判所に呼び出されて、当事者を有罪にするか無罪にするかという個人の人権に重大に関わる高度な判断ができるとは到底考えられません。 これが、もしも「どうせ有罪に決まっている刑事事件だけを審理するので難しい問題ではない」などと政府が考えているのならば、それこそ被告人に対する人権侵害も甚だしい法案だと言わねばならないでしょう。
この法案の実施は2009年をめどにしているということですが、実施するまでによくよく裁判員制度というものの目的や実際の業務内容、責任内容などを国民に告知し、理解を得ることが必要でしょう。
裁判員の存在は、裁判が密室的に行なわれないように国民が監視するという意味で有益なのだろうと思いますが、これを「制度化」してしまうということは、いわば裁判を監視しようという強い意思のない国民にまで裁判への参加を強いることになる、すなわち「不本意ながら罰則が恐いので参加する」とか、「この忙しい時に裁判所から呼ばれた」と不平不満の気持ちを内面に持ちながら参加する人々が多数生じることが予想される制度ですから、くれぐれも被告人の人権に対する配慮を優先する方向で再検討してほしいものだと思います。私個人の意見としては、実施するにはまだまだいくつもの準備段階が必要な制度ではないかと思います。 |