● 【北朝鮮との関係】 |
■文師訪朝・金日成主席との会談 文師の生誕地は北朝鮮・平安北道であるが、韓国動乱によって半島が分断された結果、世界で最も閉塞した共産主義社会になっていることはきわめて悲惨なことであって、一刻も早く解放しなければならない。1991年11月30日、文師は46年ぶりに北朝鮮を訪問した。12月1日、北朝鮮国会(平壌・万寿台議事堂)で文師は約2時間にわたって演説し、「主体思想では限界がある」と述べ、統一原理に基づく神中心の理念を説いた。それに対して金達玄・北朝鮮副首相は「ここをどこだと思っているのか」と激怒し、金日成主席との会談は不可能かと思われたが、文師は「私は歓迎されるために来たのではなく、真理を伝えるために来た」と語った。北朝鮮で金主席の主体思想を批判した場合、生命の保障もないぐらいだが、金主席自身の深く思慮する所があって同12月5日に統一教会と北朝鮮との間で共同声明が正式調印され、同6日に北朝鮮・興南(フンナム)市付近のマジョン主席公館で文師と金主席の会談が実現した。 かつて文師が興南で獄中生活を強いられたことを考えると、ここに「敵を友とする」思想がよく象徴されているように感じられる。この会談は北朝鮮・労働新聞および韓国の全新聞のトップニュースとなった。北朝鮮の労働新聞に「神」という単語が掲載されたのは史上初とも言われた。日本のマスコミの反応は鈍かったものの主要紙が報じた。 |
■北朝鮮との文化交流・合弁事業 南北朝鮮を統一するといっても経済格差は歴然としており、急激な統一は韓国側の負担が大きいとも言われている。そのため北朝鮮国内において経済自由化に対応しうる産業基盤が必要である。文師は国家の基幹産業となる自動車の生産を南北合弁で行なう事業を進め、1998年に北朝鮮・朝鮮連峰(リョンボン)総会社との合弁による平和自動車総会社を設立(金正日総書記の決裁と韓国政府の承認を受けて北朝鮮・南浦市工場の起工式が2000年2月3日に行なわれた)。 1998年5月4〜12日にはリトルエンジェルスが北朝鮮を訪問、史上初の北朝鮮公演を実現した。その答礼公演として2000年5月24日、北朝鮮から国家最高レベルの「平壌学生少年芸術団」(総勢102名)が韓国を来訪しソウルで5回にわたって公演、歓迎晩餐会がリトルエンジェルス芸術会館で行なわれた。そこで両国のメンバーは感激の再会をして南北統一を固く誓い合った。同年12月15日、北朝鮮金剛山歌劇団が訪韓してリトルエンジェルス会館で初公演をするなど、文化芸術交流が活性化した。2002年9月17〜20日、平壌で開催された「朝鮮国際技術・インフラ展示会」で平和自動車総会社の「フィパラム」(「口笛」の意)」(HP)が北朝鮮国産車第一号として披露された。 |