● 【旧ソ連の解放】
■旧ソ連の価値観を変える言論活動
無神論・唯物論が支配する共産圏から人類を解放し、真の思想に導くことは文鮮明師の重要な使命の一つである。上述のごとく、文師は北朝鮮で過酷な牢獄生活を強いられた経験があり、共産主義政権の悲惨さを実体験しているが、共産主義の間違いを訴えながらも「敵を愛する」「敵を友にする」ということが文師の行動に貫かれた理念である。ソ連が崩壊した大きな要因がレーガン大統領のSDI構想であったと言われているが、SDI構想の妥当性を徹底的に支持して国民に訴え続けたほとんど唯一の新聞が文師の創設した「ワシントン・タイムズ」であった(他紙は概ね批判的論調だった)。
一方、文師が1972年に開始した国際科学統一会議(ICUS)には1976年からソ連・東欧諸国の学者らも積極的に参加し始め、自由圏の学者らとの交流が深まった。やがて、ソ連の首脳陣は国家の再構築(ペレストロイカ)を進めるに当たって文師の思想にきわめて強い関心を持ち、1989年3月23日には米国で開催された文師の第10回世界言論人会議にソ連のジャーナリストらが参加した。同年7月21日のソ連週刊誌『新時代』は「いかにして敵を友とするか」というタイトルで文師の思想を紹介、ソ連情報誌『ザ・ルベジョム』89年版24号では「人類の未来世代のための責任」と題して韓鶴子夫人のインタビューを掲載、同89年47号で「精神革命が必要」のタイトルで文師のインタビューを長文で掲載、ソ連改革派週刊誌『モスクワ・ニューズ』90年第14号は「真の改革は道徳的ルネサンスから」と題して文師のインタビューを掲載した。1989年10月15日、ソ連言論人(ヤコブレバ・ノーボスチ通信北米局編集主幹、ビタリー・ゴビシュ・イズベスチャ政治評議員、ムルコフ・TVラジオ国家委員会・政治評議員等)が日本統一教会を表敬訪問、彼らの統一原理に対する関心の深さを示した。
■ゴルバチョフ大統領との会談
1990年4月10〜13日、第11回世界言論人会議(世界平和サミット協議会と同時開催)がソ連ノーボスチ通信等との共催によりモスクワで開かれ、70か国から1000名以上が参加した。ソ連からの参加者はソ連外務次官、大統領顧問、ソ連共産党中央委員会国際部次長、同外交政策顧問、ソ連最高会議経済改革委副委員長、ソ連科学アカデミー副会長、ソ連国際情勢最高委員会議長らであった。他国からはインド元首相、メキシコ元大統領、レバノン元大統領、コスタリカ元大統領、ホンジェラス元大統領、ポルトガル元大統領、ベネズエラ元大統領、トルコ元首相、NATO元事務総長、元駐ソ米大使、米ABCテレビ・モスクワ支局長らが参加、日本からは松本十郎・前防衛庁長官(安倍晋太郎自民党幹事長の代理出席)、谷藤正三・元北海道開発庁事務次官、村井勉・JR西日本会長(アサヒビール会長)、不破敬一郎・国立公害研究所長、磯村尚徳・NHK放送総局特別主幹、高橋祥起・NHK解説委員、評論家・細川隆一郎氏等で、安倍晋太郎幹事長による賛同のメッセージは松本元防衛庁長官が代読、福田元首相の祝賀メッセージは文書で配布され、中島正樹・三菱総合研究所相談役のメッセージは長井清・同研究所調査部長が代読した。
同4月11日、文師とゴルバチョフ大統領が会談、日本のマスコミも単調ではあったが各紙が報道した。会談の後、文師はゴルバチョフ大統領に韓国大理石壺を贈呈した。ノーボスチ通信社のウラソフ社長は「本質において、この会議は冷戦が終わったという証しである」と語った。同4月13日はイエス受難日(聖金曜日)であり、文師は家族・側近を連れてクレムリンから少し離れた一角にあるロシア正教・昇天教会で静かに祈りを捧げた。
■ロシアに新しい価値観を普及
1990年7月21〜29日、日ソ学生親善セミナーでソ連学生100名が来日し、日本統一教会・NHK・朝日新聞社・読売新聞社・ワコム・国会議事堂等を見学、同7月23日には中曽根元首相を表敬訪問した。同年7月から8月まで4次に渡ってソ連の教授・学生らが米国の統一原理セミナーに参加、その間の参加者は教授29名、学生351名であった。同年9月1日にはソ連のキーロフバレエ総指揮者・ビノグラードフ監督が米ユニバーサル・バレエ・アカデミーの校長に就任。同年8月18日にはサンフランシスコで開催された第2回世界宗教議会でロシア正教のフィラート首都大司教が「ペレストロイカには宗教による社会道徳の回復が不可欠」とのスピーチを行なった。1991年4月19〜23日、ハンガリーで統一原理セミナー実施、25名の大学教授が受講。
同年4月29〜5月8日、米国で開かれた世界指導者会議にソ連文部大臣・ヤゴージン氏、ソ連ノーボスチ通信社・ウラソフ社長およびヤコブレバ北米局長、ソ連「プラウダ」フロロフ編集長、元KGB少将・カルーギン氏、アブディンディン・カザフ共和国副大統領らが参加し、統一原理と文師の統一運動を講演・スライド等で学んだ。同年8月26〜28日にソウルで行なわれた第4回世界平和サミット会議にはソ連代表参加者として、ソ連最高会議外交顧問、エストニア共和国元首相、タジク共和国副首相、アルメニア閣僚会議副議長、ソ連科学アカデミー教授らが加わり、ソ連クーデターの報告会を行なう場があった。ちなみに、1991年8月に文師は国連を刷新する必要性から世界平和連合を創設したが、その支持基盤を作るために欧米・アジア各国の政財界から14万名以上の署名を集めた際、最初に賛同して署名した人物がゴルバチョフ大統領顧問のオシピアン氏だった。同年10月20日付の英週刊誌「サンデー・タイムズ」は、旧ソ連を改革した文師の働きを評価したのか、「20世紀をつくった1000人」の一人として文鮮明師を取り上げた(韓民族では李承晩大統領・金日成・文鮮明師の3人だけだった)。
1992年1月26日から2週間にわたってウクライナ共和国の18か所で統一原理セミナーが実施され、大学教授・学生ら合計約3000名が受講。同年4月10日、旧ソ連・イズベスチャ新聞社から『神と私たち─文鮮明師の教え』が出版され、初版として10万部がロシア全土で普及。同年11月、クリミアで国際指導者セミナー開催、ロシア文部省推薦で全国の86教育行政区から1500名の教育行政者らが参加、統一原理と統一思想を受講し、現場の学校に普及した。1993年にはロシア内務省の指導で全国59か所の少年院監督官に統一原理のセミナーが実施され、全国テレビで放映された。
1994年3月27〜29日、ソウルで開催された第2回世界平和会議にはゴルバチョフ元大統領が講演。その際、文師がゴルバチョフ元大統領に十字勲章を授与した。会議では文師の平和理念が語られ、参加したゴルバチョフ元大統領をはじめ韓国の李会昌首相、金淑喜教育相らの閣僚、ヒース元英国首相、シュレイヤー元カナダ総督、カールーチ元米国防長官らを含む世界60か国120名の政財界関係者らがディスカッションを展開した。このようにして、旧ソ連の自由化に向けた革命は、その内面における精神革命を基盤として進んだため多くの犠牲を払わず平和的に収拾されたのである。

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