◆ポンペオ前国務長官・元CIA長官 演説全文
ありがとうございます。
世界の指導者の皆様、ご来席の皆様、このたび文鮮明(ムン・ソンミョン)先生と韓鶴子(ハン・ハクジャ)総裁のご生涯とご功績を讃える記念行事に皆様と共に出席させていただき、大変光栄に存じます。
私は北朝鮮を訪れ、朝鮮戦争と72年にわたる離散によって家族や愛する人を失った多くの人々に会い、愛する人を失った韓国の人々の心の中に、言いようのない痛みがあることを知っています。
その痛みは、文鮮明総裁と夫人であられる韓鶴子総裁の心の中にも深く刻まれているということを私は知っています。しかし、ご夫妻はその痛みを乗り越えて、南北の平和的な統一にご尽力されました。
文鮮明総裁は北朝鮮に生まれ、アメリカとの終戦まで日本の占領下で育ちました。金日成主席が率いるソ連の共産主義者が北朝鮮を支配した後、文師は他の多くのキリスト教牧師たちと共に逮捕、投獄され、拷問を受けました。
文師は興南(フンナム)という北朝鮮共産主義者の“死の収容所”に送られ、そこで2年8か月もの獄中生活を強いられました。
毎日マルクス主義の教義を読まされ、その中で文師は共産主義思想の決定的な欠点、その最も基本的なものは神の存在と全ての人間の生命の価値を否定することである、ということを学びました。
この収容所では、二つのことが起りました。第一に、文牧師は愛に満ちた神への信仰によって生き延びたこと。第二に、自由なる世界のために共産主義を克服することに人生を捧げる決意をしました。
それは、神のみ旨に忠実に従うことで専制的な政府に服従する余地を与えないことを意味します。神の愛のみが人間の魂を満足させることができ、人間も政府も自由に生まれた男女を支配することは不可能です。
朝鮮半島で戦争が起こり、マッカーサー将軍が仁川に上陸することにより、多くの米軍人で構成された国連軍は興南刑務所を爆撃し、捕虜たちはその地獄から逃れました。
しかし、文師はそのまま逃げることなく平壌に戻り、一緒に南下できる教会員を探し集めました。文師は自らの自由よりもまず、他の人を救おうと行動しました。そして、動ける人たちを集めて南へ向かい、国境まで歩いて行き北朝鮮を脱出しました。
その後に、文師はソウルで世界基督教統一神霊協会(統一教会)を創設し、全てのキリスト教徒がイエスへの信仰をもって、その教えを実践するために統一することを呼びかけました。
キリスト教は、強い家庭と主への信仰によって神を否定する共産主義に対抗しなければならないと説きました。
文師が1960年に韓鶴子総裁と聖婚された後、教会は成長し続けました。彼は共産主義の経験から、日本と韓国とが米国と共にアジアと世界における共産主義の拡大を阻止することの重要性を知っていました。これは今の時代でも同様です。
文師は国際勝共運動を開始し、共産主義が希望も愛も慈悲もない空虚な思想であることを日本と韓国の青年たちに教育したのです。
そして、神が全ての生命の起源であることを確認し、共産主義思想の過ちを克服する異なる見解を提示したのです。文師は共産主義を克服するための米国の重要性も理解していました。北の収容所から解放されたとき、彼はそれを目の当たりにしたのです。米国は強く道徳的で自由な報道機関を持つべきであり、米国が自由・家族・信仰という時代を超えた軸を持つべきことを彼は知っていたのです。
そこで、1982年に文師と韓鶴子総裁がワシントンタイムズ紙を創刊しました。今年ワシントンタイムズ紙は40周年を迎えますが、これは文師と韓総裁の業績とビジョンを証明するものです。
最後に、文師の人生における驚くべきエピソードをご紹介して終えたいと思います。
北朝鮮の独裁者である金日成は、韓国と米国の両方で文師と韓総裁の命を狙う刺客を送り込んでいました。しかし、総裁ご夫妻は「どんな犠牲を払ってでも敵を愛そう」と決心されました。その精神をもって1991年に金日成主席に会うために訪朝されました。総裁ご夫妻は、北朝鮮が自由と民主主義に向かうのを助けたいという切実な願いを持って会いに行かれました。
多くの人は、人間同士の数十年にも及ぶ分裂と圧政を変えることはできないと考えて、このような使命を嫌がったことでしょう。しかし、総裁ご夫妻は自らの意志を超えて主の名によって平和を広めるために召された謙虚な主の僕として訪朝することを自覚していました。
金日成主席の側近との準備会合で文師は、金主席の説く「主体思想」は生ける神の存在を否定するものであり通用しないことを大胆に宣言しました。
このような信念の表明に多くの人がその後の会談は中止されるだろうと予想し、文先生ご一行が逮捕すらされることを心配しました。
しかし、奇跡は起きたのです。金日成主席が総裁ご夫妻を夕食会に招待し、まるで長い離別の後に再会した親戚のように語り合ったのです。キリストが罪人にパンを分け与えた如くに、総裁ご夫妻は迫害する者とパンを分かち合ったのです。
この会談は、長い平和プロセスの始まりであり、私は国務長官時代にその一端を担えたことを光栄に思っています。
私はいつの日か、韓国の国民が自由の中で団結するのを見ることができると信じています。
文師の聖和以降、韓鶴子総裁はご夫妻が生涯をかけて取り組んでこられた偉大な聖業を引き継いでおられます。
総裁はアフリカ、ヨーロッパ、中東、アジア、アメリカ、そして中国、ロシア、北朝鮮の全ての指導者を終結させています。ここ数日、私たちはそれを目の当たりにしました。世界中の指導者たちが北朝鮮と韓国を平和的に結びつけようとする彼女の努力に加わっています。
韓総裁は、夫君と共に始めたことを拡げる壮大な仕事をされています。総裁に祝福があることを祈ります。
この記念すべき日に、私と私の妻は文鮮明総裁と韓鶴子総裁の平和への働きに感謝し、北朝鮮と韓国を一つにするための韓総裁の運動の成功を祈りたいと思います。皆様に祝福があることを願っています。
ありがとうございました。
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